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2006'09.15.Fri
TOKYO
人生2度目の東京

これが最後になるんじゃないかと・・・(苦笑)
いや、でもほんとに、他に選択肢があるのであれば、好きで東京に住む事は絶対ないなあ。自国の首都として見てみて、色々考えた旅だったなあ。

東京=景色のない街。夜行バスで行ったんやけど、早朝に東京に入った瞬間、初めに思ったことは”景色のない旅になるなあ”ということ。ストックホルムにしても、ロンドンにしても、カメラを向けたら絵になる。絵になるような風景が、日本の首都東京にはない。

いつも考えていた事。こんな巨大化した街で、人々はどうやって生きていけているんだろう?巨大・・は間違った表現かな。本当は東京なんてすっごく小さい街。ただ人が溢れているだけ。
そんな押し潰された街で、他の人々と同様、あくせく働くありんこのような生活が私にできるのかな?
自分の小さい子どもに、朝7時に一人っきりで電車に乗って小学校に通うなんてこと、させられるかな?・・というのも、東京で電車に乗ると、小さい子が一人で通学している比率がすごく高いのに驚いた。この子たちは、こんな小さい頃から、きっと退職するまでずっと毎日朝早く電車に乗り続けるのかな。とか考えたりして、悲しくなった。こんな生活スタイル、大学生、むしろ働き出してから始めても、人生の中で十分長いんじゃないかな。

東京での主な目的は、まずスウェーデンで一緒に勉強した学友(私の中でチョット流行り言葉。笑)たちに会うこと。ある会社を訪れること。そして、アキバに行く事ーーー!メイド喫茶にどうしても行ってみたかったの。日本のMad Cultureを目の当たりにしたくってね。

色々な友達に再会できた事は私にとってすごくプラスだった。なにより、ものすごくリラックスできた。彼らがいなかったら、きっと東京で疲れ果てていたでしょう・・Mon-amieにはめちゃめちゃお世話になり(あ。。はい、いつもデスケド)ありがとう。私にこんなに献身的に気を使ってくれる人は、世の中にそう居ないので、あなたはとても貴重な存在です。本当にいつもありがとう

会社訪問は、すごくいい機会だった。これまで、きっと帰ってきたらここで働くんだろう・・とか漠然に考えていたから、逆に、丸1日かけて、働いている人の仕事振りとか、ビジネスの動き方を見て、自分の将来をすごく考えさせられた。
ここの会社は、アメリカ人多くって、みんなすごくやり手で、自信満々で、なんか圧倒されてしまった。というのが正直な感想で、自分にこんな生活スタイルができるかどうか不安にもなった。きっとこの仕事をやりこなす事はできるだろう!という気持ちが90%なんやけど、あとの10%うまく言葉で表せないしっくりこないわだかまり・・みたいなものがあって。
結局、もうちょっとよく見渡して、考えてみなくては、と思った。そういう意味では有意義な会社訪問だった。
自分の求める生活スタイルと、現実とを照らし合わせて、ベストな道を選ぶ。それがこの1年間の目標になりそう。

そしてそして待ちに待ったメイド喫茶!
アキバに行ってきたよ・・すごかった 何がすごかったって・・そらもう、”キモい人の多さ”ですよ。そして”キモい人ら”がめっちゃ堂々と”僕、キモいんです!!!”って感じで胸張って歩ける空間・・という感じだった。そんな場所が、日本のどこよりも栄えている!印象を受けたことが悲しかった。
まず駅に着いたらいきなりso-called”アキバ系”に「一緒に写真撮ってください~~」って言われて、かなーーーーり後ずさりしながら「無理です!!!」って感じやったし。しかもそしたらその人は「キモがらないでくださいね」って言ってきたの!!!!
How could you say that------?!?!?! まさに意味不明でした。「いや、キモいし!」って言ってしまいました。
怖いところです、アキバは。
わからんのが、なぜ私を選んだのか。アキバで一番「萌えてなかった」ことには自信ありますよ
でもね、もっと怖いのは、周りを見渡せばけっこう一緒に写真を撮ってあげてる女子もいるんです!まんざらでもなく。
そういう需要供給が一致しているところが怖かった。
メイド喫茶はね、どこも写真撮影禁止なの!!つまらんでしょ~~。でもそうでもしないときっと「コレクター」が出てくるからね、間違いなく。恐ろしい社会です。
喫茶は、けっこう女の人も来てたっていう印象だった。でも中にはエロ~~い目の男どももいました。私、目を凝らせてめっちゃ観察してきました。キモい、キモい。
でもメイドさんたちも好きでやってるわけだから、これまた変な需要供給の一致に、不思議な気分だった。
ラッキーなことに、たまたま通りかかった雑居ビルで、「制服などの売買ショップ」を見つけて、ちらっと覗く事もできました。いわいるブルセラってやつやね。小さなビルの4階にあって、中はすっげー狭い。いたるところに制服(本物の。means 誰かが売った、ってこと)が配列してて、水着とかルーズソックスもあった。人が一人通れるか通れないかくらいの通路で、その奥にレジっぽいところがあったけど、お店の人は(見えるところには)誰もいなかった。さすがにパンティーとかは表には出ていませんでした。看板があって、「友達同士、カップルのひやかしはやめてください」と書いてあった。真剣勝負ってことか。帰り際、階段を降りていたら、下からどうやらその店に行こうっていう男子が一人上ってきて、階段ですれ違った。その気まずかった事・・・
いい経験でした。
「病んでるなあ」というのが今の日本に対する感想かな。
病的な光景がやけに目に付く。
メイドのブームとかも、単なる「サブカルチャー」ではなく「社会問題」でしょ、って私とかは思っちゃうんだけど。流行り物を「ただの現象」として伝えるんじゃなく、その現象にどういった裏側があるのか、ってことを考えていかなあかん。こういうものによりどころを求めている人たちの多さを考えると、先送りできる問題じゃないと思う。

そんな感じの人生2度目の東京でした。
3度目は・・ほんとにあるのかしら・・・
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2006'09.11.Mon
心にしたがうということ -To Follow Your Heart-
9月11日   September 11th.

2001年 同時多発テロから5年の月日が流れた。
It's been 5 years since the September Eleven Terror Attacks in 2001.

私の人生に新たな選択肢(視)を与えた911。
911 gave me a new perspective towards the world and it created a new option in my life.

この事件がなければ、悲惨な光景を見なければ、”愛する人”を失った多くの人々を見なければ、
私は今、社会学を勉強していることはないだろう。
If this terrible event didn't occur, If i didn't see the unbelievable disastrous scenes, If i didn't see any people who lost their loved ones,
I wouldn't have been studying Social Science now.


朝、学校に行く前にニュースで見た。
亡くなった方々の素晴らしい笑顔の写真たちを見て、私の中で何かがぶち切れたように、涙が止まらなかった。
I remember. I watched it on the morning news before i left for school. I saw pictures of people who died in the event. Every one of them had a great smile on their faces. Then something in my heart burst and my tears couldn't stop.

そのときまで、自分はずっと大学で英文学を専攻するものだと思っていた。
I had always thought that i would have majored English literature at university.

でも、911は”世界は何かがおかしいんた”と直感的に感じ、もっと社会を見なければ、と思った瞬間だった。
However, at this moment, i sensed instinctively that something must be wrong in this world. And i thought i did need/want to see the world and society more.

社会科学を専攻した理由。
That is how i majored Social Science.


その日から、9月11日は私の中で、他の人と同じ様に特別な日となっている。
Since then, Sep 11th has had as special meanings to me as to other people.

犠牲者の方々に祈りを捧げるとともに、自分を見直す日。
Every Sep 11th, i say grace to all those victims. And at the same time, i look myself.

この事件がきっかけで選んだ社会学の勉強をまっとうしているか?道を外れようとしていないか?(初心を忘れていないか、核をしっかりと自分の中で持っているか?)、そして
”愛する人を大切にできているか”?
Am i trying my best to accomplish my study in Social Science which i chose because of this incident?
Am i not forgetting my initial enthusiasm?
Am i still having the core(faith) in myself? And..
"Am i loving people who are important to me as much as possible?"


こんな問いかけを自分にする日。
I ask myself those questions on this day.

それは、時には私を気づかせ、私を動かす。
It sometimes makes me realise, and makes me do things, gives me ideas of what i need to do.

”後悔するときにはもう遅すぎる”
"It is too late when you start regretting."

それが唯一つのいつもの答え。
That's always the only answer.

愛する人の笑顔が見れる、そばにいれる、声が聞ける、
そして、彼らに”愛している”と面と向かって言える事が、又、言ってもらえる事が、その瞬間が、どれほど幸せなことなのか。
実感する。
What a happy thing/moment it is that you can see a great smile of your loved ones, you can be close to them, you can hear their voices,
you can look straight into their eyes and say
"I Love you" and you can be said so from them too.
I feel it with my heart how happy it is.

きっと世界中の誰もが、この感覚をもっている。
I believe that everyone in the world has this feeling.

それにもかかわらず、毎日毎分、自分の愛する人々を無意味な戦いにより失っていく人々が絶えないのはなぜなのか。
Nonetheless, Why so many people's lives have to be taken continuously by meaningless wars every minute of every day?

いつになれば、人間はその理由を見つけられるのか。
When can we find a right reason for this?

すごくシンプルであるはずなのに。
It must be simple.

私の頭の中はなぜ?なぜ?でいっぱいになる。
My head is filled with lots of why's.

想像もできない戦いの理由。
Reasons why people fight, i can never imagine.

私に想像できるのは、愛する人が自分のもとから去った、空虚感と絶望にみたされた残りの人生だけ。
All i can imagine is the rest of my life with full of hollowness and emptiness where people i love will never be by my side with me forever.

今までずっと一緒にいた人たち
一緒に笑って、一緒に泣いてさ
一緒に乗り越えてきた人たち。
People I've always been with,
Always laughed and cried with,
and been growing with.


一度想像してみたらいいのに。
そして心にもう一度、何が大切か聞いてみることだよ。
Why don't you imagine it yourself?
and Why don't you ask your own heart again what it's trying to tell you?

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